私たちの想いを伝えるために・・・ 水の子会
  水の子会の原点 文章を隠す
  平成18年、水俣湾親水緑地に設立された
「水俣病慰霊の碑」には次のような言葉が刻まれています。

  不知火の海にあるすべての御霊よ
  二度とこの悲劇は繰り返しません
  安らかにお眠りください


水俣病の子供たちとの出会いが、水の子会の原点です。

「熊本県民として水俣病のことを忘れてはいけない」
「二度とこのような悲劇を繰り返してはいけない」


私たちの想いは30年前のあの日と変わっていません・・・


         

<水俣病慰霊の碑>
 
   

  30年前、水俣の子供との出会い 文章を隠す
  いまから30年前、私(上村)は水俣を訪れました。

そこで見たのは不自由な体を引きずり、仲間も無く、
寂しそうに生活している 胎児性の水俣病患者の姿でした。

保育園に通う子供たちをもっていた私は、
胎児性の子供たちと自分の子供たちの姿が二重に写り、
身の毛のよだつ思いがしました。


「自分がこのまま農薬を多投する農業を続けていたら、
いつか自分がこのような不幸な子供を生みだす
加害者になってしまうのではないか」


そんな思いが脳裏をかすめたのでした。

<エコパーク水俣>
 
   

  有機農業への転換 文章を隠す
  意を決した私は、
当時はまだ珍しかった有機農業への取り組みを始めます。

しかし、誰も教えてくれる人もなく、
周りからは変わり者といわれ、悪戦苦闘の日々が続きました。
 
     
  また、生産だけでなく販売ルートの確保も重要な仕事となり、
週末には疲れた体にムチを打って、
夜行列車で東京へ大阪へと農産物を抱えて
売り込みに歩きまわりました。
 
   

  株式会社水の子の設立 文章を隠す
  やがて、平成3年に同じ志を持つ仲間と 水の子会 を創設。

水の子という名前は、日頃忘れがちな水の恩恵に感謝し、大切にしていこうという趣旨で付けました。
 
 
また、流通には信用が大事と平成5年に
有限会社 水の子
を設立。

日本で最初の石鹸運動をする生産団体として
全国の注目を集めました。


消費者の皆さんからは「頑張ってください」と
励ましの声を掛けていただき、
今日の流通の大きな基礎となっています。
 
 
<水の子の事務所にて 代表取締役 上村 茂則>
 
  そして、平成11年には 株式会社 水の子 として新たにスタートし、現在に至っています。
早いもので、水俣の子供たちとの出会いから30年が過ぎました。
 
   

  これからの30年のために 文章を隠す
  現在では、水の子会も40名を擁する団体となりましたが、
石鹸運動に対する意識の低下や、農産物に対する思いや考え方の変化など、
ここに来て様々な問題も見えてきました。

水俣病のことを次の世代に伝えて教訓とし、二度と同じ過ちを犯してはいけないという想い。

それが、水の子会の原点です。
これからも石鹸運動を続けることが、消費者の皆さんの信頼をいただける唯一の手段だと、
私は考えています。

 
 
<ミカンの木の前で 水の子会メンバー>
 
   

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水の子会  【代表/上村茂則】  【TEL/0965-52-6727】  【FAX/0965-52-5027】  【Mail/mizunoko@sage.ocn.ne.jp
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